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言葉の環境

 今年の復活祭でパリの学校は4月17日から5月2日まで休業します。現地校に通っているお子様は、普段は現地校がお休みの水曜日に週一回当園に通っているのですが、こういうお休みのときは、毎日当園に通うお子様もおられます。
 Yちゃんもその一人です。そのYちゃんが「先生!Nちゃんはぼくがすきなんだよ!」と話にきました。「あら!ステキ!Yちゃんそうかんじるの~」ときくと「そうだよ!」と自信満々のお返事が返ってきました。給食のときYちゃんは、自分の側にNちゃんの椅子を置き、何種類かあるスプーンのなかで自分と同じスプーンをNちゃんに渡してくれるようにスプーン係りの子に頼んでいました。Nちゃんの前に自分と同じスプーンが置かれるとYちゃんは満足そうににっこりし、Nちゃんも嬉しそうでした。数日後、Nちゃんに「Yちゃんのことどうおもう?」ときくと「かっこいい!」と。「何がかっこいいの?」ときくと「『い~れて』っていうとすぐ『い~いよ』っていうから、かっこいいの、いつも『い~いよ』っていってくれるから」と嬉しそうに話してくれました。
 このように子どもたちは無形の親和力である引き合う力やまじりあう力によって結合状態をつくっていきます。正邪善悪という客観的な判断からではなく、主観的な好き嫌いの好きから精神の結合がはじまります。人間の精神的結合体である「社会」はこのようにして子どもの頃からできています。
 また、無形の心中を鋭く捉え、回りに気を使うことなく自己中心的に思ったことを直接言葉に表すのもこの頃の特徴です。Yちゃんはフランス語の環境では難しかった、自分の思いや相手の思いを、言葉で直接的に表現するということが、日本語の環境では思う通りに表現できることで自分に自信を見いだし、それが自信満々のお返事に出ているのでしょうね。

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