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卒園式

 今日は3月31日、今日で3月はおしまいです。28日から始まった春休み、久しぶりに近くの森を散歩しているとパラパラ、パラパラがザーに急変し、大木の下に走りこむ暇もなくずぶ濡れになってしまいました。一方で、冬の単調な風景を見慣れた目にパッと咲く連翹の黄色が、まばゆく春を告げていました。早春に咲く連翹の花は、毎年3月上旬に挙行される卒園式場には飾られ、可愛らしく勢いよく春を告げる花を見て子どもたちは「きれいー」と感嘆の声をあげたものです。今年のその頃、蕾は硬く閉じ式場では見られませんでした。
 9日の卒園式で卒園児に贈られたお祝辞の中に「なんでもいいから好きなことに集中していってください」とか、「たくさん本を読んで ‘自分もこの様になりたい’と思う見本にであってください。日本からあなた達のことを応援しています」とか。そして、 挑戦し続ける中に充実の人生があること、力強く自分の決めた道を歩み「まけない人」に最後の栄冠は輝きます等、厳しくも暖かい人生を生き抜く羅針盤を示し卒園児を励まし祝福してくださいました。
 世界を取り巻く脅威や危機が拡大し、複雑化する中で、ともすれば埋没し、おろそかにされがちな ‘一人一人の生の重みと限りない可能性’を自分の存在と切っても切り離せない他人との関係性への想像力を高め、違いを認めスクラムを組んでいこうと誓い合い、励まし合い、歓喜する子どもの世界が息づいていました。
 東日本大震災から5年目の11日を迎えました。閖上中学校の生徒14人が亡くなり遺族が建立した慰霊碑は、一般的な亡くなった人に向けられた「追悼」やこれから生きる人に向けられた「教訓」のようなメッセージ性のあるものとは異なります、と言われています。慰霊碑は故人を祀るためのものではなく、 « 子どもたちを忘れて欲しくない »という強い思いを伝えながら、「生ける死者」と向き合い続けるためのものであります。追悼型にも教訓型にも当てはまあない死者と共に生き続けるための記憶型の慰霊碑であります。遺族の中にはあたかも目の前に我が子がいるように話しかけている人がいますし、これからもここで我が子と話し合うことでしょう。つらかったことは消え去り、甘美な思い出だけが残る、記憶とはそういうものでしよう。負の歴史を記憶することは難しいです。だれしもわざわざ嫌なこと、辛いことを思い出したくはないからです。それでも、いな、だからこそ「語り継ぐ」「心に刻む」営為を怠ってはなりません。「忘れない勇気」こそ平和への一歩ですから。
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